A Better Place To Pray

I'm singing out my revolution song like nothing else matters

Get Out Of The Doldrums Baby NOW!!!!!!!!!!

 「音楽についてあれこれと考えて、それを言葉にする」という、とにかく面倒でキリのないこと、下手をすれば他人に反目され絶縁状態に陥るようなことをわざわざ始めたのはいつからだったのか。そういうことをどうしても思い返さずにはいられない年末を過ごしている。
 それは「以前・以降」という楔を打つように、というか以前の僕を殺して埋めたエピタフのようなもので、僕の過去に厳然と存在しているので簡単にピックアップできる。2005年の大学二回生のときに聴いたというか出会った、オアシスの『ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース』がキッカケなのだ。
 僕はどうしてそんな面倒なことを始めたのだろうか。ただ「最高でしかない」とだけ思って口にしていればそれでいいとしなかったのだろうか。ということの原点に『ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース』という作品がある。
 エピタフにはこう書いてあるのだった。
 「同じ作品を聴いていても他人と受け取り方の差がこんなにも生まれるのはどうしてなのか?」
 これが『ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース』が僕にもたらした疑問だった。とても大きな疑問で、未だにそれがよくわからずにいる。よくわからずにいるので、昔に日本のバンドが「あなたになって世界を見てみたいよ」と歌ったときには、その疑問はそうしないと解決はしないんだ!なんて具合にとても興奮したのを覚えている。コンフュージョン・ウィル・ビー・マイ・エピタフ。
 簡単に言うと『ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース』というめちゃくちゃ最高なアルバムをどうして最高だと思わずに「オアシスはもう終わってるんだよ」と言う人たちがいるのかわからなかったのだった。
 具体的に書くと、「まあ、『ライラ』はオアシスクラシックだよね」って言う人たちが理解出来なかった。過去のオアシスにシンガロング出来てかつあんなにリズムが跳ねる曲なんて無い。「彼らは一体何を聴いているのか? 」「音楽を聴くというのはどういうことなのか?」と腹を立たせながら考えていたら、こういうことをしていたのだった。

 そういうことを思い返さずにはいられない年末になっているのはノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ『フー・ビルト・ザ・ムーン?』が最高だったからだ。ゲット・アウト・オブ・ザ・ドールドラム・ベイビー・ナウ!

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Who Built the Moon [Analog]

Who Built the Moon [Analog]

 Get Out Of The Doldrums Baby Now!
 You Liar, I'll Set On You Fire!
 Get Out Of The Doldrums Baby Now!

 こんなにテンションの高いノエルはいつ振りなんだろうか。こんなにエネルギー、いや野心に満ち溢れたノエルはいつ振りなんだろうか。
 憂うつ振るのもうやめろ!お前はそうやって嘘を付いてる、そんなんなら俺はお前に火を付けてやる!憂うつなんてぶっ飛ばせよ!
 ノエルはこのラインを歌うときにギターをストロークをしている右手を大きく振り上げる。その仕草にたまらなく興奮してたまらなく全能感をまとってる俺は一体いつ振りなんだろうか?

 『フー・ビルト・ザ・ムーン?』を聴いたときの最初の感想はただひとつ。「ついにノエルがサイケでまるまる一枚作ってくれた!」ということだった。
 これはもうオアシスの4枚目や失われたアルバムになってしまったデス・イン・ヴェガスのプロデュースで発表される予定だった幻の6枚目、そして7枚目。ソロになってからも一枚目の「ワット・ア・ライフ」、二枚目の「ザ・ライト・スタッフ」などというように、ノエルは常にサイケやダンスのテイストをやって来た。「オアシスがサイケに手を出すと大抵がゴミになる」と宣ったのはオアシス時代のリアム・ギャラガーだ。
 が、ノエルはついにサイケで傑作をものにしたのだ。このことが僕は嬉しくて仕方ない。

 『フー・ビルト・ザ・ムーン?』は『ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース』を越える傑作だ。だから、僕は改めてエピタフに刻まれた言葉を思い返さずにはいられない。そんな年末だ。

 「同じ作品を聴いていても他人と受け取り方の差がこんなにも生まれるのはどうしてなのか?」